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母の再婚相手との確執(DV裁判、離婚調停etc)と母が亡くなった時の話

自己紹介
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幼少期から30代半ばまで、私の人生はトラブルの連続でした。今にして思えば、それらは全て「この仕事をするために経験させられていたこと」だったような気がします。
※このお話は前回からの続きです。

絵に描いたような昼メロ的不遇の極貧小・中・高校生時代。それも全部意味があった
このお話は前回からの続きです。 霊媒体質の母と無精者の父、という組み合わせの両親の元、感受性の強い子供時代を過ごした私。 それなりに楽しく暮らしてはいましたが、世間一般の目から見るとあまり恵まれて......

「殺される」とサンダル履きに着の身着のままで逃げてきた母

 
父と離婚後、母は別の男性と再婚していました。ですが、その男性のDVにより、母は精神崩壊寸前まで追い込まれてしまったのです。
私自身はその頃にはもう結婚して子供もあり、母の家との行き来もあったのですが、この母の再婚相手とのトラブルには頭を抱える日々が続きました。
 

母が語ったことによれば、最初は殴られたり布団蒸しにされたりといった肉体的な暴力だったそうですが、私が母の家に行き来するようになった頃からは、証拠が残らない精神的な暴力に変わっていたようです。

なので母がDVを受けていたことはしばらく気付かなかったのですが、ある日、母が着の身着のままで私の家に逃げてきたことからそれが発覚しました。
すぐに母を私の家にかくまい、それから私たちと再婚相手との長い闘いが始まったのです。
 

それからついに一度も自宅に戻ることはなかった母

 
その当時、車で母を追いかけてきた再婚相手の様子をたまたま私の妹が目撃していました。
晴れているのにワイパーを回したり、蛇行しながら大回りして曲がったりと、とても尋常な運転とは思えなかったそうです。おそらくカーッと頭に血が上った状態で運転していたのでしょう。

その日、いつものようにDV状態にスイッチが入った再婚相手は、自分の身に着けていたベルトをシュッと引き抜き、「殺してやる!」と母ににじり寄ったとのことです。
彼の目つきは母曰く「イッちゃってた」らしく、普段なら我慢して嵐の過ぎるのを耐えていた母も、この時ばかりは嫌な予感と共に瞬間的に家を飛び出していたそうなのです。
 


 

それ以来、母は二度と自分の家に戻ることはありませんでした。

一時は37キロまで激ヤセして統合失調症様の症状も出ていた母は、結局自殺未遂をしてしまうのですが、精神科に通うようになってどうにか自力で逃げ出すところまでは回復しました。
そして私の家からシェルターに身を寄せ、そこから再婚相手に対してDV裁判と離婚調停を起こしたのです。

とはいえまだまだ正常な判断力ではなかったので、私が母の代理として裁判所に出向いたり陳述書を提出したりしなければならず、また再婚相手からも「オマエがそそのかしたんだな!」と執拗な嫌がらせ電話を受け続けました。
私自身も、この頃はまだ子供も小さく、毎日本当にしんどい思いをしていました。
 

裁判よりも難関だった離婚調停、けれどもある日突然解決してしまった

 
今では定着した感のあるDV裁判ですが、当時はまだ県内にも十数例しか判例がなかった頃のこと。
なので私もかなり頭を使い、どうにか無事に接近禁止命令を勝ち取ることに成功しました。
そして、実はこの後に続く離婚調停の方が本当の難関だったのですが、それも不思議な展開であれよあれよという間に解決してしまったのです。

会うのが怖いからと、裁判所に出向く日さえ別々にして調停に臨んだ母でしたが、再婚相手は途中で現れなくなってしまいました。
――が、ある日突然その結末は訪れました。
急に「離婚届に判をもらってくる」と言い残して自宅に向かった母は、私が呆気にとられるほどあっという間に判の押された用紙を持ち帰り、離婚が成立してしまったのです。
 

裁判で接近禁止命令を勝ち取った意味も、執拗にストーカー行為を繰り返していた再婚相手がすんなり合意したことも、当時の私にはまったく理解不能でしたが……ともかく晴れて離婚が成立したのですから、文句もありません。
 

それから数日後、予言通り倒れて旅立っていった母

 
それとほぼ時を同じくして、「私はもう長くないから」と母が口にするようになりました。
私と妹はまったく取り合わなかったのですが、母のこの言葉は真実でした。
離婚成立から四日後――母は突然倒れ、この世を去りました。

後で聞いたのですが、母は自分が亡くなる二日前、祖母に電話をかけて「先に行って待ってるね」と言い残していたようなのです。「〇子(母の名前)は自殺なの?」と祖母が聞いてくるくらい、それはあまりに唐突な死の予告でした。
 


 

再婚相手は、それから半年ほどして自ら命を絶ってしまいました。

あの日、もしも逃げ遅れていたら、母は本当に殺されていたのではないかと今にして思うのです。
彼が母ではなく自らの命を殺めてしまったことを、私には何も言えませんが、放たれた殺意は「自らに向かう刃」となって戻ってきてしまったということなのかもしれません。

いずれにしても、母の死の顛末にはあまりにも不思議なことが多く、未だに謎は残ります。
命とは、人生とは、魂とは何か。
そんなことを、私はこれ以降ずっと追い掛け続けているような気がします。
 

私もそろそろ、母が亡くなった時の年齢に近付いてきました。あとどれくらい生きていられるんだろう?なんて時々考えたりもします。
その時までに、これまで得て来たものを必要なところにお返ししていけたらいいなと思っているのですが……果たしてどれくらい出来るかな?頑張ります(笑)

長くなりましたが、ここまでお読み頂き本当にありがとうございました。

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