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夕貴の幼少期~エンパス気質に振り回されて苦しかった子供時代

自己紹介
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ここからしばらくは、私の生い立ちについてシリーズ記事のような形で綴っていこうと思います。今日はその第一回目として、幼少期のことを中心に書いてみますね。
実はあまり楽しくない子供時代だったのですが、今となってはそれも一つの歴史、だという気がします。
 

毎月のように高熱を出してしまい、小学校に行けなかった子供の頃

 
今では見た目も中身もすっかりたくましいオバチャンと化している私ですが、これでも幼少期はめちゃくちゃ繊細というか、神経過敏な面が目立っていたように思います。
オバケが怖くて真っ暗闇では眠りに着けず、ちょっとした物音でもすぐに目が覚めてしまう、とても眠りの浅い子供だったんですよね。
 

また、子供同士の我の張り合いみたいなものにもすぐに気持ちが巻き込まれてしまい、学校に通い始める頃になると、決まって毎月のように40度を超える熱を出すようになりました。

今にして思えば、それは集団生活を始めることへの「洗礼」みたいなものだったのかもしれませんね。よく、知恵熱なんて言ったりしますが、そんな感じだったのかもしれません。
どちらかといえばイタズラっ子で決しておとなしい方ではなかったのですが、なぜか身体だけは弱かったように思います。
 


 

――ともかく、あまりに熱を出しすぎたために軽い麻痺が出たり身体に深刻なダメージが出てしまい、小学校低学年の頃はドクターストップを受けて数カ月ほど学校に通えない時期もあったのです。

この頃はほとんど家の中にばかりいて、本を読んだり飼っていた犬やヤギなどの動物たちと触れ合ったりしてリハビリのような日々を過ごしました。
 

重度のエンパスだと知ったのは大人になって霊能者に指摘されてから

 
最近はネットなどでもよく見かけるようになった、エンパスという言葉。
「感受性が高く、他人の感情に容易に同調してしまう性質」のことを指して言うのですが、子供時代の私はまさにこの性質に苦しめられていました。

エンパス傾向のある人は、生まれつきオーラの膜が人より薄くて境目がハッキリしないので、自分と他人との間に境界線をうまく作れないのだそうですね。
 

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たとえば周囲の大人がイライラしていたりすると、もうどうにも落ち着かなくなり、あたかも私が悪いことをしたかのように縮こまってしまうこともしょっちゅうでした。
それから、顔は笑っていてもその裏で怒りを発している人などを見ると「この人、何で嘘ついているんだろう?」と不審に思い、それを素で聞いてしまって叱られたこともありましたね。
 

ただ、当時はまだエンパスなんて言葉もありませんでしたし、自分が重度のエンパスだと知ったのもずっと大人になってから、アカシックリーディングの先生から指摘されて初めて知ったという感じだったんです。
しょっちゅう熱を出していたのも、私自身がアンテナのようになっていて、良くないものが来るとその前触れをキャッチして発熱していたということらしいです。

その辺りの話も、またいずれどこかで書いてみたいと思います。
 

音への過敏反応に苦しみ、理解されない孤独さを感じていた

 
エンパスの特徴の中でも、私に特に顕著だったのは「音」に対する過敏反応でした。
物理的に大きな音が苦手という訳ではなくて、その中にあるノイズのようなものや伝わってくる波動みたいなものに耐えられなかった、という感じでしょうか。

これは大人になった今でも変わっていません。中でもTVの音や人の話し声(の一部)が本当に苦手で、時に脂汗をかいてその場で硬直してしまうことさえあります。
自分でTVのスイッチを入れることは数年に一回、あるかないかのレベルで、知っている人がTVに出るとかそういう余程のことがないと絶対に点けません。
 

この、エンパスの人が感じる苦しさというのは、おそらく一般には全く理解されないものだろうと思います。
私自身、その苦しみから何度も自死の衝動に駆られたり、TVを点けっ放しにしていたい主人(誰も見ていない状態でも、うたた寝している時さえも)とTVを消す消さないでいつも冷戦状態になり、それが原因で離婚を考えたことも一度や二度ではありません。

これ以上書くと幼少期の話から逸れてしまうのでこれくらいにしておきますが、大人になってからの私のエンパス傾向については、よろしければこちらの記事をぜひご覧ください。
 

断れない、強く言えない私。それは自分が悪いの?~HSPという性質
セールスや勧誘に引っかかってばかりいた若かりし頃 私は人に何かを頼まれるのが昔から苦手でした。理由は「断れない」から。 些細なことなら別にいいのですが、困った事態になると分かっていることでもと......

 

霊媒体質だった母、その遺伝的傾向を持って生まれた私

 
私の母は生まれつきのサイキックで、かなりの霊媒体質でもありました。
人が生まれたり亡くなったりすることが事前に分かってしまうため、私も母の口から何度か、おめでたのニュースや亡くなる人の名前を事前に聞いたことがあります。
(後には自分自身の死期すらも事前に予告し、事実その通りに突然倒れて亡くなりました)

どうやら私の家系の女性はそういう傾向を持って生まれているらしく、私にもその傾向は引き継がれているのだそうです。
といっても全然実感はないのですが、私の極度のエンパス体質はこの母からの遺伝みたいです。
 


 

ただ、私はどちらかというと、母より父の方にテレパシーが通じることが多かった気がします。
母がラーメン屋さんを始めることになった時、父はお店の名前をあれこれ考えていたのですが、ある夜私が「寝言でその名前をズバリ口にした」という出来事がありました。きっと寝ている時に父の意識にアクセスしてしまっていたのでしょうね。

父が思い付いた店名は、「ラーメンの店 常(つね)さん」というものでした。
そして私はその夜、「軽食喫茶 つねさん!」と大声で寝言を言ったのだそうです。

偶然というにはあまりの一致、しかもそんなネーミングって普通は思いつきませんよね(笑)
寝ている時、私たちの魂は肉体から離れて天上界の源に繋がっているのだとはよく聞きますが、まさにそんな感じだったのかもしれません。
 

――とまあ、幼少期~子供の頃の話をかいつまんで書いてみました。
長くなりましたので、この続きはまた次回に譲りたいと思います。
 

【続きはこちら】

絵に描いたような昼メロ的不遇の極貧小・中・高校生時代。それも全部意味があった
このお話は前回からの続きです。 霊媒体質の母と無精者の父、という組み合わせの両親の元、感受性の強い子供時代を過ごした私。 それなりに楽しく暮らしてはいましたが、世間一般の目から見るとあまり恵まれて......

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